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【上田安子服飾専門学校】の創始者・上田安子さんは、女学生のころから人一倍美意識が強かった。周りにいる人は袴と草ぞうり姿ばかり、というなかで、自分は洋服と靴という格好を貫くおしゃれな女性だった。そんな彼女がファッションへ興味を持つ動機となったのは、1930年ごろから夢中になった登山。まだ女性が登山をすることが珍しかった時代に「自分のスタイルやセンスに合った服で、さっそうと山登りを楽しみたい」と考えた彼女は、本格的に洋裁を学ぶために洋裁学校へ入学。卒業後の1941年4月には、同専門学校の前身となる『上田安子服飾研究所』を開設する。そして、1953年3月。すでに学校経営者としてもデザイナーとしてもゆるぎない評価を得ていた彼女の「本物のファッションに触れ、学びたい」という思いは日増しに強くなり、当時世界的に注目を浴びはじめていたクリスチャン・ディオールに会うため、単身フランスへ行くことを決意。その出会いは「これまで私がしてきたことはデザインではなかった」と本人が語るとおり、それまでに味わうことのなかった衝撃を受けることとなった。しかし、その挫折と苦難は彼女のファッションへの理解をより深めることになる。 帰国後、本場のオートクチュールを持ち帰った彼女は、日本ファッション業界に一大センセーションを巻き起こすと同時に、【上田安子服飾専門学校】の教育方針を大きく変革。最先端の技術やノウハウをいち早く教育の現場に取り入れ、国際感覚を大切にし、世界で通用する人材の育成を目指した。1965年には総合デザイナー学院(現・大阪総合デザイン専門学校)を設立し、学校の規模を拡大。1990年以降は、世界各国で開催している国際コレクションやコラボレーションなども積極的に行っている。ファッションへの飽くなき探究心。上田安子さんの理念は、同専門学校内に今も色濃く受け継がれている。 |

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【上田安子服飾専門学校】のカリキュラムは、ファッションデザイナーをはじめ、ファッションに関わるあらゆる職業の人材育成ができるよう、「ファッションクリエイター学科」「ファッションビジネス学科」「ファッション工芸デザイン学科」の3コースが用意されている。「ファッションクリエイター学科」は、ファッションのクリエイティブ分野のプロフェッショナルを育成。「ファッションビジネス学科」では、ファッションの流通、販売促進や宣伝広告分野で活躍できる人材を育成。「ファッション工芸デザイン学科」では、ファッショングッズ(服飾雑貨)の企画・制作・販売のプロフェッショナルを育成している。 さらにハイレベルなプロを目指す人には、それぞれの上級コースとして「グラデュエイト学科」が用意されている。そして、ファッションクリエイター夜間学科、ファッションビジネス流通学科、別科として「夜間部洋裁科」と「夜間部モデル科」もあり、働きながら夜間部で専門技術を身につけることも可能だ。 また、各教室には最新のコンピュータシステムなど、業界で実際に使われているハードを設置。企画・販売を実践できる直営店のファッションショップや本格的なイベントホールも校内にあり、最先端のファッション教育が実現されている。 |

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毎年6月に大阪産業創造館で行われる「プレタポルテ展示会」は、学生がもっとも楽しみにしている夏の恒例イベント。毎回テーマを設け、それに合った作品を展示している。2005年度のテーマは"-Go West!-"。関西の都市ブランド、地域ブランドを、学生の持つ自由な感性と視点から捉えた独創的な作品330点のほか、シューズやバックなどのファッション雑貨の展示、メイク・ヘア&スタイリングショーも行われた。最終日には全作品の中からノミネートされた作品がショースタイルで紹介され、プロデザイナーや報道関係者などの審査で各賞が決定。毎年高い評価を得ている。 また、「上田学園コレクション」は、数多くあるイベントの中でも最も大きなイベント。学生たちはここで学んできたことの集大成として作品作りに全精力を注ぐ。2005年度のコレクションは、"○爛漫[まる・らんまん]"をテーマに369点が発表された。確かな技術をベースにエレガントな感性を加え、よりハイレベルな世界を展開した。将来を担う学生の若いパワーと豊かな感性がミックスされたハイレベルなコレクションとして、ファッション業界からの注目も集めている。 このほかにも、「ファッションアートカーニバル」、「服飾手帖ファッション大賞コンクール」、「UEDA七夕ゆかた祭り」といった、イベントが年間を通して行われ、学生生活を彩っている。 |

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学校法人 上田学園
上田安子服飾専門学校 住所:大阪市北区芝田2-5-8 |
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